ポケモンとイングレス。世代を超え身体性を手に入れる「共通言語」

共有される体験としてのゲーム

「ゲームは共通言語である」と、誰かがどこかの教育番組か何かで言っていたのを聞いた覚えがあります。例えば私ぐらいの年代(私は1972年生まれ)では、「世界の半分をおまえにやろう」と言われればドラクエのアレだとピンと来る。それをきっかけに、互いの当時の経験をひとしきり語りあったりもできるでしょう。

ゲームは近年の子供にとってコミュニケーションを深める共通体験の基盤の1つとなっていて、むやみに禁止することは子供の孤立にもつながりかねない、適度に遊ばせることは有益だ、というのが冒頭の話の趣旨です。ちなみに私はドラクエ1を遊んだことがなくて、確かにそういう共通体験って大切だよなーと思います。

「Pokémon GO」のベースとなるであろうIngressのプレイヤーの年齢は私に近い30~40代のわりと上の方が中心になると思われますが、この世代はあまりポケモンで遊んだ経験がないはずです。初代ポケモンの発売は1996年で、私はそのとき20代前半でしたが、当時のほどほどに金と暇がある同世代のゲーム好きは、携帯ゲーム機ではなくプレイステーションで遊んでいました。しかし、子供を通じてポケモンに接する機会を持つようになった人もそれなりにいるでしょう。

「親子で遊べる」という魅力

私も若いころにポケモンで遊んだ経験はありませんでしたが、息子にポケモンを買ってやろうと考えた理由は2つありました。4歳を過ぎた息子の興味が戦隊ものや仮面ライダーからアニメのポケモンに移りだしたのを見て「ポケモンならばおもちゃが1年ごとに新しくなったりはせず、長く遊べるのではないか」と考えたという、単純にお金の理由が1つ。

もう1つは、ポケモンは交換や対戦が楽しいらしいので、親子で遊ぶのにも適当だろうと思ったたためでした。息子が小さいうちはプラレールやブロックなどで一緒に遊べたが、そこからちょっと上になると、意外と一緒に遊ぶネタに悩むことになります。

ボール遊びや自転車などのスポーツもいいけれど、いつもできるわけではありません。家の中でも簡単に遊べるものとして、ニンテンドーDSなんかのゲーム機は非常に優秀だと思います。ボードゲームやカードゲームの類はちゃんと遊ばせるのがけっこう面倒ですが、「ちゃんとさせる」ためのエネルギーは学習などの方に使いたいもの。デジタルのゲームは「ちゃんとした遊び方でしか遊べない」という点で便利です。

驚くべきサトシのDNA

息子の6歳の誕生日プレゼントとして「ブラック2・ホワイト2」を親子で買い、ポケモンセンターに行ったりもするようになりました。ここで、アニメの主人公「サトシ」のDNAに驚かされる経験をします。

サトシは、よくも悪くも少年マンガ(アニメ)の主人公らしい単純なヤツです。特徴的なのは、出会った相手がポケモントレーナーだと知るや必ず「バトル」をしたがるところで、勝っても負けても楽しそうにしています。サトシを見ていた息子も、とにかくポケモンで対戦をしたがりました。

私が相手をして適当に負けてやると調子に乗るので、手を抜かず勝つようにしていましたが、負けても本人は楽しいようでした。やがて、ポケモンセンターにいる人たちは全員ポケモントレーナーだと気付いたらしく、知らない人とも対戦したいと言いだします。

実際、ポケモンセンターで見ていると対戦したそうにしている子は多いですが、小さい子が知らない相手に声をかけるのは難しいし、同伴の親はたいてい面倒くさがるので、実現する例は多くありません。私は自分が対戦の相手をするよりは楽だからということもあり、最初のうち、息子を連れてポケモンセンターに来ている人に声をかけて対戦してもらっていました。

そのとき私が声をかけるのは、1人で来ていて何となく時間がありそうな、大学生ぐらいの人です。さすがに6歳児が勝てるわけはないが、それでも満足そうでした。

やがて、対戦の味をしめた息子は、自分で大きなお兄さんお姉さんに声をかけて遊ぶようになります、あるときに聞いてみると、息子が声をかけるのは、2人以上で来ていて、楽しそうに盛り上がっている人たちにしているのだそうです。

なるほど。1人の人はとりあえず声をかけやすいが、わりと黙々と対戦が進み、終わったらそれまでとなってしまうことが多いです。でも何人かで来ている人たちなら対戦中も会話が盛り上がるし、継続して対戦(2対2の対戦や2人対コンピュータの対戦もできる)や交換で遊べることも多いようです。親バカもしくは私がバカだと思われるでしょうが、息子のコミュ力に格の違いを感じた瞬間でした。

人ではないものとの絆

一度、息子と遊んでくれているお兄さんたちと話したことがあります。中学生ぐらいからポケモンで遊んでいて、社会人になっても友達とたまにポケモンセンターに来るそうで、そういう人たちは、かつての自分たちのイメージと重なるのか、小さい子の相手を丁寧にしてくれて、とても有難いです。

そのお兄さんには、中学だか高校のころからの、長い付き合いのエーフィがいるとのことでした。ポケモンでは新作が出るたびにポケモンを移動させて、ずっと同じポケモンを使うことができます。これが「絶対零度スイクン」(かなり凶悪な強さ)とかだったらあーそうですかという感じですが、エーフィ(弱くはないが雑に使っても強いというわけではない)というところが渋くてステキだと思いました。

このような「ポケモンとの絆」を感じさせる仕掛けは、実によくできていて本当に感嘆させられます。ここでもアニメの影響がその一端にあるかもしれません。また対戦を多少やり込めば、能力値や技の威力といった計算できる要素を超越して、手になじむ「感覚的に使いやすいポケモン」というものができるでしょう。

ポケモンに最初のオーナーを判別する「親」というパラメータが存在していて、誰かに預けていたポケモンが自分の元に帰ってきたとき「おかえり」というメッセージが表示されるのも憎い演出です。「妖怪ウォッチ」ではそれがなくて、帰ってきた妖怪が他人行儀なセリフを発するのを息子が非常に不満がっており、こういう細かいところが大事なのだなあと感じました。

やや余談になりますが、ポケモンはグッズの寿命が長いので、大学の学園祭なんかで古いポケモンカードやモンコレ(フィギュア)がもらえたり、安く買えたりすることがあります。適当なくじ引き的なヤツの景品に混ざっていて、あーこれはあなたのお下がりだよねという感じのものがあると、ちょっと親近感が湧きます。

Ingressは「出会いが自然」

ところで、Ingressもまた強烈な共通体験を媒介するゲームです。全身を使って動き、同じ場所と時間を共有して遊ぶことができます。そうした特長を「出会いが自然」と評した方がいましたが、確かにほかのオンラインゲームやSNSでは「オンラインで知り合う→(特別に機会を設けて)会う」なのが「(必然的に)出歩く→出先で会う」というパターンになりやすいことから、独特の感覚があります。

また、これはいい面ばかりではないものの「レジスタンス」(青)と「エンライテンド」(緑)の2陣営に分かれて「陣取り」で戦うことからそれぞれ共通の敵を持つグループが形成され、簡単に一体感、結束感を得やすい点もおもしろいところです。世界規模のイベントや動画ニュース「Ingress Report」など、盛り上げ施策も周到です。

ベータ時代からすでに3年近くになるIngressでは3年間にわたって対立し続けているゆえの厄介な面もいろいろ見えてきていますが、最近は陣営に関係なく遊べるスタンプラリー的要素「ミッション」が強くフィーチャーされるなど、対立要素を薄め、みんなで楽しもうという方向性を打ち出しているように思ええます。次のアノマリーも予定されており、両陣営の対決色を消すわけではなさそうですが。

経験価値とステータス感

ポケモンも世界規模の大会「Word ChampionShips」(WCS)を毎年行っていますが、両者に共通して、ユーザーの経験価値を高めると同時に、プレイヤーであることにステータスを感じてもらおうという姿勢が感じられます。

ポケモンセンターで行われた対戦の大会で息子が上位入賞したとき、想像以上に立派なつくりのメダルをもらって驚いたことがあした。そんなものをもらったら、それまで以上にポケモンが好きになるに決まっています。

Google(今のNianticはGoogleから独立しているが)はコミュニティ運営が苦手な会社だという印象を持っていましたが、Ingressはユーザーコミュニティとそれなりにうまい感じで関わり、盛り上げられている感じがします。

Ingressの「エージェント」であることや、ポケモンの「トレーナー」であることは、わかる人の前では積極的に自称したくなるのではないでしょうか。それは、まさに「共通言語」としての強さだと言えます。

世代を超えて共有でき、全身で体験できるもの

ポケモンとIngressが連携した「Pokémon GO」によって、ポケモンは画期的なレベルでの身体性(ここでは「全身を使ってプレイできる」程度の意味で使う)と、新しいプラットフォームを手に入れます。一方で、IngressはGoogleマップをベースとした世界規模のプラットフォームに、新しいゲームシステムを乗せることができます。

おそらく今のIngressのゲームシステムは大味すぎて、この先5年、10年と長く続けるのには無理があるでしょう。どこかでIngressの今のストーリーはエンディングを迎えるという話もありましたが、単純にプレイヤーを2分してノーサイドなしの戦いを長く続けさせるのは、健全でないのではないかとも思います。

一方で、ポケモンを単純にスマホに乗せても、今のポケモンのボリュームゾーンである小学生ぐらいの子供が遊べるものになるとは思えません。そもそもスマホを持つ子供が少ないだろうし、料金の問題だけを考えてもおいそれと買い与えられるものではない。それに安全面の問題もある。子供にスマホ(ないしは何らかの端末)を持たせたまま外を歩かせたら、事故は避けられないでしょう。

ちょうど、こんなニュースがありました。2015年のJRのポケモンスタンプラリーには、大人向けスマホアプリの要素を導入したとのこと。

実は今回のデジタルラリーでは、子供たちではなく、スマホを持つ親世代を主な対象者に据えている。親子連れでスタンプラリーを回る際、子供たちには従来版通りスタンプ帳で楽しんでもらいつつ、親には自分のスマホでデジタルラリーに参加してほしいとの願いが原点にある。
ITpro Report – スマホで親も夢中、山手線で「新世代ポケモンラリー」:ITpro

子供には従来のプラットフォームで、大人にはスマホで。両者間に何らかの方法でデータを交換する仕掛けを用意し(インターネットを介せば簡単であるし、既報のデバイス「Pokémon GO Plus」のようにBluetoothを使う手もあるでしょう)、スマホで捕まえたポケモンは変わった技や特性を持っているので子供に自慢できる、といった感じがPokémon GOのフェーズ1といったところではないでしょうか。

一方で、iOSとAndroidプラットフォームにアプリが乗ったあとの展開は、スマートフォンに限らない可能性も考えられます。例えば幕張メッセのようなゲームイベント会場やテーマパークなどを舞台に設定しての大会もできるでしょう。Ingressのプラットフォームにとっては「ちょっと狭いアノマリー」程度で、実現はたやすいはずです。そして、会場のネットワークを整備すれば、そのときの端末が必ずしもセルラー回線を持つ必要はないでしょう。

Pokémon GOの発表で、Nianticのジョン・ハンケ氏は「サンフランシスコの水辺にいるゼニガメ,新宿にいるフシギダネ,エッフェル塔の下にいるピカチュウを想像してみて下さい」と語ったそうです。それはたぶん世代を超えて共有でき、全身で体験できるエンターテインメントになるはずです。

もしかしたらポケモンの舞台「この星」とは、地球のことになってしまうのではないだろうか? という妄想もはかどります。Pokémon GOの詳細が発表されたら息子にどう説明してどう遊ぼうか、今からシミュレーションしています。

(追記:「Ingress Advent Calendar 2015」に参加して、新しく書きました)
イングレス→ポケモンGOでぼくらに加わる、新しい「旅に出る理由」


▼参考:
「Pokémon GO」は位置情報を利用して現実世界でポケモンを捕まえるスマートフォンゲームに。新事業戦略発表会をレポート – 4Gamer.net

このサイトの管理人

小林 祐一郎@heartlogic
息子と一緒に始めた「ブラック2・ホワイト2」で初めてポケモンに触れる。対戦を少々嗜み、好きなポケモンはコジョンド。つらい思い出の多い技は「とびひざげり」。休日はポケモンセンター周辺によく出没します。

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