これは必読! ポケモンGO開発・野村さんインタビュー「日本に来たことが幸運だった」

日経新聞のサイトに、Pokémon GOの開発責任者であるNianticの野村達雄さんのインタビューが公開されています。これはすごく興味深い。PDF化して保存し、印刷して息子にも読ませました。

野村氏「日本に来られて幸運だった」  :日本経済新聞

野村さんの生まれは中国の黒竜江省で、中国残留日本人孤児の子孫だったんですね。「中国で極貧の幼少期」を過ごしたのち小3のとき日本に移り住み、信州大学・東工大で学びGoogleへ。その一方で小4のときポケモンと出会い、Pokémon GOにつながるという生い立ちが語られています。

“自分で育てたポケモンで闘うテレビ東京のテレビ番組があって、それに応募するほどだった”というのは、今でいうポケんちの前身の番組ですね。

サイトには動画もあって、基本的にはインタビューのダイジェスト的な内容ですが、肉声で聴くことでニュアンスがわかりやすくなるところもあります。「ゲームがどういう仕組みになっているのか」に興味を持ち、新聞配達をしてお金を稼ぎ、中学1年生のときにパソコンを買って独学したというのは、なかなかできることではないでしょう。

日本語を教えてくれた先生がゲーム好きで、ポケモンは最初は友達に貸してもらっていて、その後自分で買った、とのこと。いい出会い方だなあ、と思いました。

Googleマップのエイプリルフール企画「ポケモンチャレンジ」は2014年でしたが、エイプリルフール企画にポケモンを使うアイデアは、当時ちょうど日本出張で浜松町に宿泊し、ポケモンセンターを通りかかって思いついたそうです。ちょうどそのころポケモンセンターによく行くようになっていましたが、近くでそんなことがあったんですね。

インタビューの最後の方に、こういう発言があります。人生の転換点は? という質問に対して。

「日本に来たことがとても幸運だった。もし今も中国にいたら農業をしていただろう。一方、いきなり米国に行っても、名門大学を卒業するには数千万円かかるからとても行けなかった。日本は義務教育はタダだし、国公立大学の学費もとても安い。日本はお金が無くても勉強さえすればいい大学にいけてチャンスがある」

ちょうど息子の進路もほんのり気になる頃合いということもあり、なるほどなーと思いました。

日本の大学もいろいろ難儀そうですが、確かにアメリカほどの格差はなく、わりと平等にチャンスはある。そういう環境を生かすことを考えたいものです。ちょうどほかの場所で信州大学はおもしろいという話を聞いた直後にこちらを読んだもので、一気に信州大学への興味が高まりました。

写真のTシャツがさりげなくNianticの1作目をリスペクトしている(Ingressのアイテム柄)のが、これまた心憎いですね。

このサイトの管理人

小林 祐一郎@heartlogic
息子と一緒に始めた「ブラック2・ホワイト2」で初めてポケモンに触れる。対戦を少々嗜み、好きなポケモンはコジョンド。つらい思い出の多い技は「とびひざげり」。休日はポケモンセンター周辺によく出没します。

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