「ど田舎生まれ、ポケモンGOをつくる」。野村達雄氏の半生は夏休みの課題図書であるべき

これは凄い本です。「Pokémon GOが流行ってるから開発者の裏話本でも出そうぜ」みたいなちょろい企画ではなく、Pokémon GO開発チームの中心人物であり企画の生みの親とも言える野村達夫氏の、戦後の中国から日本を経由し現代のアメリカまで駆け抜けた半生を綴った記録です。

その内容は、小学生から高校生ぐらいまでの子供たちに今すぐ読まれてほしいものです。1995年に日本にやってきた9歳の野村さんがいかに日本で学び、ゲームと共に育ち、コンピューターサイエンスへの関心を持ち、ソフトウェアエンジニアの道を選ぶようになったかが、淡々とした飾らない言葉で書かれています。後進の子供たちにとっては、貴重なロールモデルとなるでしょう。

野村さんは中国の黒竜江省出身で、お祖母さんが日本から満州国に渡った開拓民だったそうです。40代の私にとって満州国のことは歴史の教科書などで読んだぐらいの印象ですが、いまPokémon GOを楽しんでいるもっと上の世代は、ずっと身近に感じるかもしれません。

個人的にグッと来たのは、1995年に来日し、2009年にGoogleでインターンとして仕事を始めるといった同世代感と、野村さんがゲームからコンピューターに興味を持ち、やがて少年時代のゲームの体験を仕事につなげていく過程でした。

ポケモン社など公式のチェックも入っている(事実関係の正確を期すためでしょう)本で、「バグ技」とか「プロアクションリプレイ」とかいう単語まで出てくるとか、どこまで飾らないんだ…! 実際そういうところからコンピューターへの興味は芽生えるものですよね。

本書を読んでいると、野村さんはそもそも真面目で優秀で努力家であることがわかりますが、そのうえでゲームが好きだからひたすらその動く仕組みを探求していくような、素朴に「好きなこと」をどこまでも突き詰めていく姿勢が、非常に印象的でした。何か「好きなこと」がある子の背中を、強く押してくれるんじゃないかなあ、きっと。

このサイトの管理人

小林 祐一郎@heartlogic
息子と一緒に始めた「ブラック2・ホワイト2」で初めてポケモンに触れる。対戦を少々嗜み、好きなポケモンはコジョンド。つらい思い出の多い技は「とびひざげり」。休日はポケモンセンター周辺によく出没します。

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